「未来の人に土を残したい」【土の声を聴く。「瀬戸本業窯」編コラム】  

「未来の人に土を残したい」【土の声を聴く。「瀬戸本業窯」編コラム】  

愛知県瀬戸市は、千年以上続くやきものの産地です。
その理由は、やきものにとって、最良の土「蛙目(がいろめ)」という土が採れることから。

なぜ、蛙目がやきものに適しているのか?
それは、形状記憶合金のように形をとどめる可塑性(かそせい)を持つことが大きな特徴で、ろくろがとてもひきやすい。焼くと真っ白になり、しかも、耐火性が強い。精製して粘土分を、長石や珪石などと混ぜれば、磁器用の粘土までつくれてしまう。

まさに、やきもののために生まれてきたような土なのです。その土のおかげで、瀬戸では千年以上にも渡って、やきものが続けてこられたのです。けれども、蛙目は、山から掘っている天然資源であり、掘れば、なくなっていきます。

そのことを多くの方に、もう少し知っていただきたい。
瀬戸で土を扱う窯業原料関係者や窯元のみなさまに、お話をお伺いしました。 

※より深く「蛙目」について知りたい方は、こちらもどうぞ。

手しごとのものづくりを今に伝える「瀬戸本業窯」

今回、お届けするのは、愛知県瀬戸市の洞地区で、約250年続く窯元「瀬戸本業窯」。昔ながらのやきものの産地らしい景観が残る「窯垣の小径」を通り抜けた先に、工房があります。本業とは、瀬戸では陶器のこと。民藝の思想を大切に、手しごとでものづくりをされています。

使っている粘土は、瀬戸で採れる土を使い、自分たちで手づくり。驚くほどシンプルなつくり方で生まれています。そして、自然の資源のため、土は掘れば掘るほど減りゆくなか、「自分たちの代だけで使い切らずに、残したい」と語る、八代後継・水野雄介さん。

「瀬戸本業窯」は、瀬戸市内の洞というエリアにあります。尾張瀬戸駅からは1.5kmほど。江戸時代中期には、馬の目と呼ばれる絵柄の皿や石皿、明治に入ってからは、日本で初めて生まれた陶製タイル「本業タイル」など、日用品が作られてきました。

こちらでは、そうした江戸時代、あるいはそれ以前から続く、瀬戸のものづくりに近い仕事を続けていらっしゃいます。

「本業」とは、陶器のこと。瀬戸は古くから陶器でやきものが作られてきたため、新たに登場した磁器は「新製」と呼ばれています。

洞は、ふたつの山が迫った谷間のまちだったため、昔は山の斜面を利用して無数の登り窯があったそうです。その時に、登り窯で使われていた窯道具を積んだ“窯垣”が誕生。まちのみなさんによって、時間をかけて保全されてきました。

この窯垣がおよそ400m続く、かつて職人が行き交ったメインストリートは「窯垣の小径」と名付けられ、やきものの産地らしい佇まいを残しています。

2022年には「瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム[瀬戸民藝館]」も誕生し、館内には、瀬戸市の指定文化財の登り窯が大切に保存され、13連房だったとも言われるその名残りを感じられます。

開館の目的は、先人より受け継がれてきた、この地のものづくりの文化を知ってもらうこと。そして、うつわが人をつなぎ、その背景にある人びとの「暮らし」を伝えていくことを目指しているといいます。

手しごとのものづくり

「瀬戸本業窯」では、月2000個程度を手しごとでつくっています。成形は、基本的にろくろです。 

絵付けは自然から採れる原料を絵の具にし、絵付師によって描かれます。
分業制をとることで、一人ひとりが同じ工程の仕事を反復する。そのことで手がなれていき、クオリティも生産スピードも上がっていくため、このような体制でつくっているのだといいます。

こちらは、日本で初めて誕生した釉薬の黄瀬戸の器。赤松の灰から釉薬をつくる。

骨董品としても人気が高い馬の目。

麦の穂をイメージして描かれる麦藁手。

原土から粘土をつくる

さて、ここからが土づくりです。雄介さんに、土づくりを伺うと、手の内をすべて明かしてくださいました。

「瀬戸の山から採れる原土(瀬戸で白土と呼ばれている、蛙目が入った土)を粉々にして、フルイに通したものを仕入れて、水と合わせて、寝かせているだけ。 蛙目には等級があるんだけど、あえて雑味があって、粒度が荒いものを選び、きれいになりすぎないようにしています」


 白土。

「原土から粘土分を抽出しようとすると、その過程で不純物がどんどん取られてしまう。そうすると、土味としては 磁器の土側の方に行くわけだね。うちは、1回乾燥させた乾式の土を水と合わせて、山にあった元の状態に戻すだけ。このやり方はね、一般的じゃないよ。ちょっと特別」

このほかに入れるものは、木節粘土とシャモットです。

こちらは木節粘土。乾式のものに水を入れて、粘土にした木節粘土。ろくろ成形のしやすさをサポートするために入れます。

形をキープする力が強く、人形などの原型をつくる原型師に好んで使われるものの、とても縮みやすい粘土のため、入れるのはほんのすこし。

シャモットとは、焼いた土を粉砕したもの。触ると、白土よりも、ザラザラしています。木節粘土はすごく縮むため、縮みすぎないように調整のために入れます。 一度焼いたものは、すでに縮んでるため、縮みにくいそうです。

こちらが混ぜ合わせたもの。粘土質のかたさによって、投入する水分を決めていきます。こちらが粘土をつくって、約1ヶ月寝かせたもの。

3ヶ月目の熟成粘土。全体がよりなじんでくる。

土づくりは、2ヶ月に1回ほど。使用するときには攪拌するために土練機に通して、使います。


変わりゆく土

日々、土を触るなかで、土自体の質の変化もあるのだという。

「父に聞くと、今の土は重たいなあ、というね。昔に比べると、砂っぽいというのかな。おそらくガラスに使われる珪砂が多くなった。粘土の量が、昔より減ってきているのかな」

蛙目には、石英(せきえい)、キラと呼ばれる不純物、粘土分の混合物が含まれている。多くの人がほしがる良質な部分が「粘土」分。その量が少なくなっているということで、多くの関係者からすると、昔に比べると、質が悪くなったということになる。

けれども、雄介さんは、違った捉え方をする。
「それは良さもあって。やきものは、これの上に施釉するでしょ。本当の本当にいい状態で焼けたっていうのは、土と表面の釉薬が融合し合って本当に焼けたっていうことなの。それを“食い合う”という」

食い合うのイメージとしては、焼成のとき、表面の釉薬は溶けてるのに、中の素地が焼き締まってないことがある。そうすると、土と釉薬がうまくくっつかないこともあるけれども、珪砂が馴染ませる役割を果たしてくれるのだという。

自然を相手にしているため、時々、予想外の失敗も出てしまう。そんななかでも、変化をうまく味方につけながらつくっている。

やきものが続く未来に向けて

土づくりで使う原料の割合を教えていただくと、ほぼ「蛙目」そのもの。この土がなくなったら、同じものはまず焼けない。土への想いを伺いました。

「僕たちの代だけで使い切らずに、未来の人のために残したい。根本にあるのは、本当にそれかな。今の鉱山だけで考えれば、多分逆算できちゃう段階でしょ、実際のところ。じゃあ、今の生産をどうしなきゃいけないかというのは、自ずと多分もう答えは出てる話だと思うんだよね。だけどね、自らの意思で生産を減らすことは難しい。

みんなそうだよね。売り上げがともなって、動いてくるものだから。それをセーブしましょうということは、自分たちではなかなかできないんだろうな」

そうしたなか、雄介さんができることと考えるのは、まずは実情を知ってもらうこと。

「やきものをつくって、売って、売れなかったら倉庫に保管されたまま。そうしたことに、今はあまり罪悪感がないんじゃないかな? 生産者にも、消費者にも。

土が貴重ということを知っていたら、それは良くないと思う。でも、今はまだ、その段階にも、みんなの意識が至ってない感じがする。誰かが悪いとか責めるのではなく、知ってもらうことで、実情がもうちょっと明るくなったらいいな」

少しずつ、前へ。
 

【土の声を聴く。連載紹介】

第1回:原土から粘土へ。【土の声を聴く。「加仙鉱山」編コラム】
第2回:「未来の人に土を残したい」【土の声を聴く。「瀬戸本業窯」編コラム】
第3回:工芸とは材料への理解。【土の声を聴く。「作助窯」編コラム
第4回:土を焼くと、どうなるのか?【土の声を聴く。「美山陶房」編コラム】
第5回:白と青の美しさを求めて。【土の声を聴く「眞窯」編コラム】
第6回:産業廃棄物にしない。土のリサイクルを考える。【土の声を聴く。「双寿園」編コラム】
第7回:陶製人形で使われる粘土とは?【土の声を聴く。「瀬戸陶芸社」編コラム】
第8回:やきものとガラスの原料は同じ山から採れる?【土の声を聴く。「陣屋丸仙窯業原料」編コラム】
第9回:創業約150年の老舗粘土会社が語る粘土づくり【土の声を聴く。「丸石窯業原料」編コラム】 

 

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